情報処理学会 IPSJ2016
情報処理学会とは、コンピュータ活用による健全な情報社会の実現に向けて1960年に設立された歴史のある学会です。2016年3月上旬にその第78回全国大会が開催され、わたしも初めて参加してきました。(情報系の学生の多くも参加経験あると思いますが、わたしはずっと海外にいましたので。。。)「超スマート社会への扉」と題された今回の全国大会、ちょうど人工知能や自動運転車、オープンイノベーションや情報教育の在り方に関する議論が盛り上げっている今日、専門家による議論を聴くことができたのはわたしにとっても大きな収穫でした。
全国大会での収穫についても書いていこうと思いますが、今回はまず「IPSJ-ONE」というイベントについて。「ISPJ」とは「Information Processing Society of Japan」、つまり情報処理学会の略称です。そして「ISSJ-ONE」は、一般の人から「ちょっと難しい」「自分の生活から遠い」と思われがちなコンピュータサイエンスと情報科学を身近に感じてもらうことを目標に昨年初開催されたイベント。コンピュータサイエンスの多様な研究分野において活躍している一流研究者たちが、自分の研究について5分間でプレゼンするというものです。
参考情報:
- IPSJ-ONEのWebサイト(http://ipsj-one.org/)には、イベント趣旨や各プレゼンのタイトルと要約、」当日の全プレゼンの動画へのリンクなど、豊富な情報が載っています。
身近にあるコンピュータサイエンス
このイベントの運営者や講演者が共通して発信しているメッセージがあります。それは、
「情報処理やコンピュータサイエンスは、技術だけ・理工系の人だけのためのものではない!コンピュータが社会の隅々に普及した現在、社会のあらゆる側面は情報処理という視点から見ることができるのだ!」
というもの。」それを各5分という短い時間で聴衆に伝えていった講演者の情熱には敬服しました。大変よい企画でした。
各講演への感想
この記事では、ISPJ-ONEの各講演に関する私の短い感想を、敬称略で当日の発表順にまとめます。
イベント当日にTwitterアカウント(https://twitter.com/kanagawaglobal)から発信した内容のまとめです。
音楽情報科学:「感動的な歌声」の可能性
(森勢 将雅、山梨大学 大学院総合研究部 特任助教)
音声合成で「感動の歌声」を作るという研究。デモも面白かったが、歌声の理想を人間の声でないところに置いたらどうか、との問題提起に考えさせられた。楽器の音や鳥のさえずりにも感動するが、それを歌声として聞いてみたい
グラフィックスとCAD:「コンピュータと物理をより近くに」
(楽 詠灝、Columbia University Computer Science Department Postdoctoral Research Scientist)
物理法則に忠実に従ったコンピュータグラフィックス、それはつまり機械の中に物理世界を再現すること。クリームやパイ投げなどの動画を見せてくれたが、それらの「ネバっ」とした感触など現実とまったく区別がつかないほどの現実感。そしてそのような物理世界の再現技術は、ロボットが画像から自分の周囲の環境を認識するための基盤になる。その応用で、服を畳むロボットが、アイロンで布の皺を伸ばす動きには驚き。
アルゴリズム:「ランダムとは何か」
(河村 彰星、東京大学総合文化研究科広域科学専攻広域システム科学系講師)
「ランダム」の考え方を、5分間という限られた時間の中で、身近な例を用いて説明。「見分けが付かないものは同一とみなす」という理論計算機科学の基本原理を紹介。わたしのかつての専門領域なので懐かしかった。
ユビキタスコンピューティングシステム:「身体の共有」
(玉城 絵美、H2L, Inc.創業者、JSTさきがけ研究員、早稲田大学人間科学学術院助教)
他人の手を自在に動かすという「身体のハッキング」と、仮想世界でのリアルな身体体験。前者は身体麻痺した人の四肢をも動かせるなら大変有意義。今年はサイボーグのオリンピックもあるそうだがそちらには関係なし?
自然言語処理:「プログラムを説明するプログラム」
(Graham Neubig、奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科助教)
機械翻訳技術をプログラム解析に応用、説明文を生成。それを応用し、日本語説明文からプログラムを生成。個々のプログラム文は理解しやすくなりそう。複数の文による処理の流れの理解への応用可能性はどうか。
人文科学とコンピュータ:「歴史学の情報~Part2~人文科学者が行う情報処理~」
(後藤 真、国立歴史民俗博物館 研究部 准教授)
正倉院文書など古文書は、紙の再利用で切り貼り・裏書きもあって原文の再構築が困難。その分析を自動化すると新たな歴史学的知見が。人文科学においても、情報科学の活用が新たな地平を拓いている。文系の人必見。
データベースシステム:「アナロジーによる検索」(加藤 誠、京都大学大学院情報学研究科特定助教)
文字列一致によらず、アナロジーによる検索。「足して2で割る検索」や「アナロジーによる飲食店検索」。とても面白いが、ヒットした理由までわかったほうが検索結果への納得性も上がる?
コンシューマ・デバイス&システム:「『要は何?』:ユーザ特性に合わせたわかりやすい情報提示技術」
(望月 理香、日本電信電話株式会社サービスエボリューション研究所研究員)
意思疎通はある程度経験を共有していることが前提。本研究はライフログから「同じではないが本人にとって位置づけが似ている経験」を抽出、それを使って「要は○○のようなもの」という説明を成立させる。面白い。
マルチメディア通信と分散処理:「情報技術でスポーツを支援する」
(内山 彰、大阪大学大学院情報科学研究科助教)
センサー搭載デバイスからの情報など組み合わせアスリートの深部体温から疲労度を計測、ケガ防止に繋げる。F1や宇宙開発が技術高度化に貢献したように、ITによるスポーツ支援が普通の人の健康増進に繋がりそう。
システム・アーキテクチャ:「ハードウェアを増やしてコンピュータを省エネに」
(三輪 忍、電気通信大学大学院情報システム学研究科准教授)
従来の汎用プロセッサでのエネルギーの無駄を、多数の単目的ハードウェアの組み合わせで省く。様々な技術革新の中心に位置しながらも、それ自体はあまり変化していないように見える計算機アーキテクチャにも変革が。
システムとLSIの設計技術:「『第3のコンピュータ』をソフトウェア志向で使いこなすシステム設計環境SWORDSフレームワーク」
(高瀬 英希、京都大学大学院情報学研究科助教)
プログラムで再構成可能なハードウェアであるFPGA、その設計支援環境。ソフトウェア記述からハードウェア設計情報を生成する。IoTで組み込み製品が増えるなか、夢のあるお話しで、適用事例など楽しみ。
ヒューマンコンピュータインタラクション:「コンピュータを変幻自在の道具にするための
プログラミング環境技術」(加藤 淳、産業技術総合研究所情報技術研究部門メディアインタラクション研究グループ研究員)
「プログラムがコンピュータを変幻自在の道具にする」は良い説明、使わせて頂こう。巷ではアプリのUX(ユーザ経験)が言われるが、開発者のPL(プログラミング経験)も大事とは全く同感です。
システムソフトウェアとオペレーティング・システム:「BitVisor: OSを手玉に取る仮想化ソフトウェア」
(品川 高廣、東京大学情報基盤センター情報メディア教育研究部門准教授)
仮想化ソフトウェアBitVisor。商用化されているようで今後の海外での普及など期待。ハードディスク更新におけるネットブート~裏でインストール~脱仮想化というユースケースは興味深かったです。
インターネットと運用技術:「人工知能はWEBサーバーの暗闇を救う」
(松本 亮介、GMOペパボ株式会社 技術部技術基盤チーム シニア・プリンシパルエンジニア)
サーバー運用における異常検知・異常予測。サーバ間の関係性に基づく特徴量の抽出に人工知能を使うことで自動化。多数のサーバからなるシステムは生命のように感じられる、という言葉に迫力ありました。
グループウェアとネットワークサービス:「人にやさしいコンピュータを創る」
(宮田 章裕、NTTレゾナント株式会社スマートナビゲーション事業部主査)
人にやさしいコンピュータ。キーボードや検索が得意な人だけがユーザではないので共感。本の頁の画像のみからその本と頁を特定し関連情報を提示する、生活導線に整合するよう家具をスマート化する。想像力と創造力。
コンピュータセキュリティ:「パーソナルデータの安全な利活用を支えるプライバシー保護技術」
(濱田 浩気、日本電信電話株式会社NTTセキュアプラットフォーム研究所研究員)
暗号化したデータをそのまま処理し、プライバシーを守る。個人番号制度やマイナポータルサービスも稼働するという今のタイミングで、パーソナルデータ活用の機運が高まるなか、ますます重要になる技術。理論の難しさを隠蔽した上手いプレゼン。
バイオ情報学:「秘匿ゲノム検索」
(清水 佳奈、産業技術総合研究所創薬基盤研究部門主任研究員)
ゲノム(遺伝情報)という究極の個人情報を守りながら活用を促すための秘匿ゲノム検索。検索文が秘密なのになぜか結果が返ってくる。暗号自体は汎用技術と思いますが、ゲノムならではの工夫を知りたいと思いました。
エンタテインメントコンピューティング:「想定外のエンタテインメントを『発掘』する」
(栗原 一貴、津田塾大学情報科学科准教授)
溢れるデータからエンターテインメントを「発掘」。月面や地球の地表の面白い地形の探索、テトリス方式での3D設計。面白いだけでなく、技術の裏付けと楽しみながらの学びがあって感動しました。
モバイルコンピューティングとパーベイシブシステム:「コンピュータに気持ちよく操られる社会へ向けて」
(荒川 豊、奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科准教授)
スマホが提示する情報で積極的に「操られている」わたしたち。それをもっと進めて、よりよい社会を創ろうという課題設定に共感。ご本人もセンサーに囲まれて生活されているそうだ。乗り捨て可能カーシェア事例。
おわりに
本当に楽しいイベントでした。こうした活動を通して、情報処理とコンピュータサイエンスが、一部の「理工系」のひとだけのものではなく、わたしたちみんなにとって身近なものであるということが、社会によく知られるようになっていってほしいと思います。わたし自身もそんな活動をしていきます。
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