虫眼鏡を持った小学生の女の子の写真。好奇心を持って世界を探求することに男女の差はないはずです。

日本はプログラミング教育を普及させようという段階ですが、海外諸国では既に、男の子と女の子のプログラミングへの態度の違いに着目した研究や活動が蓄積されています。

最近、子ども向けプログラミング教育が盛り上がりを見せています。ITが社会に普及している現在、人の役に立つ新しいサービスや便利な商品を考えるうえでコンピュータとソフトウェア、つまりプログラミングから無縁でいられる事業はないことを、会社で働いているお母さん・お父さんも実感しているからなのでしょうか。

小学生以下の子どもを対象とするプログラミング教育の書籍も多くでてきていますが、まだまだ物足りなさを感じます。諸外国ではあくまで「プログラミングはコンピュータサイエンスの要素の一つ」との認識のもとで、プログラミングを入口とするコンピュータサイエンス教育に取り組む姿勢が明確なのに対し、日本ではものづくり教育としてプログラミングそのものを教えるというスタンスが見えることです。

その「ものづくり偏重」の影響の一つは、「女の子の教養としてのプログラミング」という視点が希薄になることではないでしょうか。そもそもコンピュータゲームなどを通してコンピュータに興味を持つのは圧倒的に男の子。「ゲームを作りたい」という動機でプログラミングや情報工学などコンピュータサイエンス関連分野に興味をもつのも男の子だというのは日本でも海外でも変わりはありません。

「コンピュータサイエンスは21世紀の一般教養」というかながわグローバルIT研究所の視点からすると、もともとコンピュータに興味を持ちやすい男の子を念頭に置いたプログラミング普及施策では、コンピュータサイエンスのすそ野を広げることにはつながらないのではないかと危惧しています。

海外に目を向けてみると、そのようなプログラミングやコンピュータサイエンスに対する興味の不自然な性差を改善しようとする研究や施策はすでに多くあります。(日本ではあまり見受けません。。。)そこで今回は、米国の15歳の女性が世界最大のコンピュータ関連学会であるACM(Association for Computing Machinery)の旗艦誌であるCommunications of the ACM に寄稿した記事をベースに、女の子とプログラミング教育について考えてみたいと思います。

参考情報:

 

この記事の続編「プログラミングそのものを楽しむ男の子、プログラミングで何かを成したい女の子」もどうぞご覧ください!

「第一歩の大切さ」

今回参考にするのは、執筆当時米国カリフォルニア州在住の15歳の高校生であったAnkita Mitraさんによる、以下の記事です。

A Byte Is All We Need」、Ankita Mitra著 、Communications of the ACM, Vol. 59 No. 6, Pages 42-44(2016)

※記事タイトルは言葉遊びも含まれていますが、わたしはこれを「第一歩の大切さ」と意訳しています。

10歳にならないころからLOGO言語でのプログラミングに親しんでいたというMitraさん。自分のようにプログラミングやコンピュータサイエンスに関心をもつ女の子がとても少ないことをとてももったいないことだと感じています。とても楽しく創造的で、職業的にも役に立つスキルですが、それに興味を持つのは男の子ばかり。しかし、自身の経験から、プログラミングは女の子にも面白い活動だということ、ただ、女の子にそれを体感してもらうには従来のプログラミング教育とは違った工夫が必要なことを述べています。

既に自分で子供向けプログラミング指導をしているMitraさん。そこで学ぶ男の子と女の子には、学習姿勢に明確な違いがあるとのこと。まず明らかなのは、指導開始時点で男の子と女の子では持っている知識に大きな差があること。これは男の子のほうがコンピュータやプログラミングに関心を持ちやすい環境にあるからと言えますが、これだけで教室での指導方法には工夫が必要になります。これから日本で始まる義務教育でのプログラミング教育でも課題になることでしょう。

女の子と男の子の学習方法の違い

面白いのは、学習方法の男女差です。

  • 男の子:教えてもらった内容を、疑問を持たずに受け入れ、その応用に注力する
  • 女の子:教えてもらった内容について、まず「なぜ?どうして?」を理解しようとする

という差が顕著だとのこと。従来のプログラミング教育は、暗黙のうちに男の子を対象としていることが多いので、今後女の子へのプログラミング教育を効果的に行うには重要な示唆が含まれています。ちなみに、Mitraさんが取った解決法は、「男の子に、『なぜ?どうして?』を女の子に説明させる」でした。そうすると、男の子は自分も根本的に理解していなかったことに気づき、女の子は求める説明が得られたとのことで、双方が満足して学習を進めていくことができたそうです。

女の子とプログラミング教育

Mitraさん、周囲の女の子に、「なぜコンピュータサイエンスやプログラミングを今後学ぼうと思わないのか?」とも聞いて回ったとのこと。得られた回答の主要なものは以下だったそうです。

  • 自分はコンピュータサイエンスをやるほど頭がよくない
  • 科学的分野には興味はない
  • 自分はもっと創造的な分野に向いている
  • 自分はもっと文系分野に向いている
  • 自分はオタクではない

ほかの研究論文でも同じような結果が得られていますが、これはコンピュータサイエンスそのものへの理解不足から、コンピュータサイエンスやプログラミングをそもそも選択肢に入れないという問題が見えてきます。なお、これは女の子に限ったことではなく、「理工系」を自認する人以外の全ての人に当てはまると言えるでしょう。実際にはコンピュータサイエンスやプログラミングは創造的な活動になりうるし、文系分野でも役立つ「一般教養」だからです。

また、「自分にはプログラミングやコンピュータサイエンスは難しい」と考えがちなのも女子学生に多いという別の研究結果もあります。同程度の成績でも、男子学生は「自分はイケてる」と思うのに対し、女子学生は「自分はダメだ」と考える傾向にあることはすでにわかっています。(数学についても同様です。)プログラミングやコンピュータサイエンスの楽しさに直に触れて、実体験に基づいて自分の適性を判断する機会がとても重要であることを示唆しています。

一般教養としてのコンピュータサイエンスとプログラミング

わたしはコンピュータサイエンス大好き人間ですが、その面白さは世間に全くといっていいほど伝わっていないこともよくわかっています。それは本当にもったいない。

別にスーパープログラマーやスーパーエンジニアを目指していなくても、コンピュータサイエンスとプログラミングの基礎知識は、21世紀社会において豊かな生活を送っていくために必要な一般教養だと思うからです。

コンピュータサイエンスの教育と普及における課題については様々な研究が行われていますが、15歳の女性による寄稿、しかも内容はベテラン研究者によるものにもまったく劣らない迫力のある記事を見つけて、嬉しく思うと同時に日本と米国の層の違いを見る思いでした。今後の日本のプログラミング教育の発展においておおいに参考になる記事だと思い、そのほんの一部ではありますがその概要を紹介しました。

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(かながわグローバルIT研究所 森岡剛)