BS放送やGPS、天気予報など、わたしたちの日常生活を支える人工衛星。それらを打ち上げるロケットは様々な技術の集大成です。実は、ロケット開発と打ち上げにも最先端のコンピュータサイエンスが適用されており、それは大規模なプログラミングによって支えられているのです。今回は全国高等学校情報教育研究会第9回大会の基調講演「宇宙開発とIT」をベースに、宇宙開発とコンピュータサイエンスの強いつながりを解説します。

BS放送やGPS、天気予報など、わたしたちの日常生活を支える人工衛星。それらを打ち上げるロケットは様々な技術の集大成です。実は、ロケット開発と打ち上げにも最先端のコンピュータサイエンスが適用されており、それは大規模なプログラミングによって支えられているのです。今回は全国高等学校情報教育研究会第9回大会の基調講演「宇宙開発とIT」をベースに、宇宙開発とコンピュータサイエンスの強いつながりを解説します。

全国の高等学校における情報教育の研究推進ならびに会員相互の研鎖をはかることを目的とする団体である、「全国高等学校情報教育研究会(全高情研)」。その第9回が神奈川県にある専修大学で2016年8月8日・9日の2日間にわたって開催されています。その第1日目に行われた基調講演が「宇宙開発とIT」。講演者は国立研究開発法人 宇宙航空研究開発機構(JAXA)のセキュリティ・情報化推進部の金田賢伊知氏でした。

わたしはコンピュータサイエンスも大好きですが、宇宙開発も大好き。JAXAの宇宙科学研究所にも2回訪れたこともあり、いま6歳の息子もかなりの宇宙好きになっています。純粋に宇宙に興味があるからでもありますが、コンピュータサイエンスの応用分野としての宇宙開発にも興味があり、このかなグロブログでも「宇宙ではたらくコンピュータ(人工衛星の巻)」という記事を公開しています。

今回は基調講演にも大いに期待していたところ、大変充実した内容で感銘を受けました。今回は金田氏によるこの基調講演の概要をご紹介しながら、宇宙開発におけるコンピュータサイエンスについて解説したいと思います。

参考情報:

全高情研について

本題の前に全高情研について簡単にご紹介します。冒頭で述べましたとおり、これは高等学校の情報教育の在り方について議論する研究会。すでに第9回とのことですが、わたしは今回が初めての参加です。この会について知ったのは情報処理学会の会誌。常日頃から「コンピュータサイエンスの楽しさを広めるにはどうしたらいいか?」と考えているわたしですので、高校で情報教育を実際にやられている先生方による各種の発表が聴ける!ということで早速登録し、参加してみました。まだ1日目が終わった段階ですが、先生方の情報教育にかける情熱はすでに伝わってきます。こういう先生方に教えてもらえる高校生は幸せだな~と思います。

今回のテーマは「情報教育の本質を見極める ~挑戦し続ける現場からの発信~」。情報教育は平成15年度に学習指導要領に組み込まれ、さらに平成25年度から改訂・完全実施された現行の学習指導要領では「社会と情報」「情報の科学」の2科目があります。現在は次期学習指導要領改訂に向けて検討が進められています。日進月歩する情報技術は、数学や理科などと比べると圧倒的に「若い」分野。社会における重要性は増すばかりであるいっぽう、その体系建てた教育の在り方はまだ確立されているとは言えません。そのような中、情報教育に携わる先生方ご自身による発表が聞けるというのは、わたしのような非専門家が日本の情報教育の現状を垣間見るとてもよい機会だと思っています。

参考情報:

基調講演「宇宙開発とIT」

さて、JAXAのセキュリティ・情報化推進部の金田賢伊知氏による基調講演。以下のような構成でした。

  1. JAXAについて
  2. 宇宙
  3. 宇宙開発
  4. 宇宙開発とIT
  5. 宇宙開発からのスピンオフ
  6. デジタル時代に活躍する人財

1時間の講演だったのですが、宇宙開発におけるIT活用の重要性をわかりやすくお話しいただきました。最後には「人工知能(AI)が発展していくデジタル時代に活躍する人財とは?」という点についても、ご自身の経験に基づいた大変示唆に富む指摘をされており、大変満足のいく講演でした。ご本人も「ほんとうは2時間でも3時間でも話したい」とのことで本当に情熱を持って取り組まれている様子が伝わってきました。

さて、「JAXAとは?」というのは同機構のWebサイトなどを見るとよくわかると思いますが、2003年に宇宙科学研究所(ISAS)、航空宇宙技術研究所(NAL)、宇宙開発事業団(NASDA)の3機関が統合して誕生した機関。H-IIロケットの打ち上げなどがニュースになるのですでに多くの方がご存知なのではないでしょうか。年間予算は約1500億円。その成果は「宇宙を知ること」という科学的な知識の取得だけにとどまりません。「ロケットなど宇宙航空技術の開発と運用の過程で得られる知識も、民間利用されてわたしたちの便利な日常生活にフィードバックされている」ということも本講演の重要テーマだったように思います。

多くの人工衛星や惑星探査機などが打ち上げられてきていますが、金田氏は「BS放送」、「カーナビ」、「天気予報」を、日常生活を支えている宇宙利用の代表例として挙げています。BS放送は放送衛星を通じて地球の反対側で行われているオリンピック競技などの視聴を支えていますし、カーナビはGPS衛星群からの信号を受信することによって自分の位置を特定できる技術です。また、気象衛星による各種データなしには現代の天気予報な成り立ちません。確かに、これらは身近な宇宙利用の代表例だと思います。

ロケット開発とコンピュータサイエンス

さて、宇宙に人工衛星などを打ち上げるには、ロケットによるしかありません。宇宙というのは地表から100キロメートル以上の領域。100キロというと遠いように思えますが、金田氏は「宇宙は近い」と言い切ります。それは、地表でいうと東京~熱海程度の距離にしかすぎないから、とのこと。確かに、そう言われるとそうですね。

しかし金田氏は続けて、地表から宇宙に出るためのロケットは「広範な極限技術の集大成」と指摘します。

  • 地球の重力に逆らって宇宙に出るには秒速7900mの速度が必要
    • 新幹線は秒速70m、戦闘機ですら秒速700mとのことです!
  • ロケット部品は28万点と言われる
    • 自動車の10倍だそうです!
  • エンジンの冗長化(予備の装備)はできないので、一発勝負で必ず成功させなければならない
    • 地上を走る自動車も安全性は重要だが、点検したり修理したりできる
  • マイナス200℃レベルの超低温流体と、3000℃の高温燃焼を同じ系で扱わなければならない
    • ロケットは大量の燃料を搭載しますがそれは液体水素など超低温流体、しかしそれを高温燃焼させる必要があります!

確かに、ロケットはすごい!そしてその打ち上げを連続して成功させているJAXAには脱帽です!

さて、それではそのロケット開発と運用のどのあたりにコンピュータサイエンス(金田氏は「IT」という用語を使っていますが、わたしは「コンピュータサイエンス」としたいと思います)を活用しているのでしょうか?それは本当に様々なところなのでしょうが、金田氏は話をロケットに限定したうえで、以下のような例を挙げています:

  • 数値シミュレーション
    • 科学を支えるのは「理論」と「実験」の2つの柱と言われてきたが、近年はそこに「数値シミュレーション」が加わった
    • 例えばロケットのためのLE-9エンジン開発。作って試すことを何度も繰り返すことが難しいが、まず設計段階で数値シミュレーションを行い、設計が妥当であることを検証したうえでモノづくりに入ることができる

これはかなグロブログ記事「コンピュータサイエンスってなんだろう」でも「科学技術計算」として触れた点ですね。ほかにもこのような例を挙げられていました:

  • 音響シミュレーション
    • ロケットを打ち上げると大音響がするが、それが地表から跳ね返ってロケットに当たると、搭載している人工衛星などが壊れる原因になる
    • 内之浦からの打ち上げでの音響をシミュレーションしたところ、打ち上げ台の足元にな斜めの板を置くとよいという結果が出た
    • 実際にそうすると効果があった。それだけでなく、その際の実測データもシミュレーションとよく合致していた(シミュレーションが現実をうまく予測できていた)
    • 従来は打ち上げ台の周りに溝を掘っていたが、今回の斜めの板のほうがコストが低い

ロケット開発で培った音響シミュレーション技術は、JR東海のリニア新幹線の先頭車両の形状設計にも応用されたそうですよ!

  • デジタルとアナログのハイブリッドシミュレーション
    • 従来の物理的な風洞実験は、現実の現象からデータを取れるのが利点だが、コスト高や計測データに制約が生じる
    • シミュレーションは様々なケースを試せるしデータも高精度で取れるが、現実との整合が課題
    • そこで、物理的な風洞実験(アナログ)とシミュレーションによる風洞実験(デジタル)を組み合わせて、高精度の実験を繰り返す手法を開発した
  • ロケット打ち上げを支援する人工知能(AI)
    • 従来は打ち上げ前の点検は人間がやっていた
    • 既に、「ROSE」というシステムによる自動点検はできている(データに基づいて、ガス漏れの有無を調べる、など)
    • 今後は、自動化を超えて、「現状のデータがこうだからこのまま打ち合げするとこういう問題が生じる」「そのためにはここを改善すべき」など、未来予測と対策をAIで実現したい
  • 拡張現実(AR; Augmented Reality)と拡張仮想感(AV; Augmented Virtuality)
    • ARとは「ポケモンGO」のように、現実世界にバーチャルデータを貼りつけるもの。例えばカメラを通して部品を見るとその内部の状態を重ね合わせて表示したり、その部品のマニュアルを表示したり。
    • AVは逆に、映像などに現実データを重ねて表示する。例えば国際宇宙ステーション(ISS)の映像の上に、実データを重ねて表示すると、地表の人員がISS人員とスムーズにコミュニケーションを取りやすくなる

「デジタル時代に活躍する人財」

以上ですと「宇宙開発とIT」で終わってしまうのですが、これは全高情研の基調講演。最後に、このような「宇宙開発とIT」の時代において求められる人財像、活躍できている人財像について示唆に富む指摘がなされました。

まず金田氏は、AIの発展は進むのであって、いずれは人間の知能を超えるだろう、と指摘。そうなると人間のやることはなくなるのでは?という論者もいるが、金田氏はそうは思わないとのこと。人間のやることはなくならない、しかし人間のやるべきことは大きく変わる、とのスタンスです。

「決められた道を進んでいく」「たくさんある道から最適なものを選択する」といったタスクはいまの多くの職業の一部ですが、これらは無くなっていくだろう、とのこと。それでは何が人間に残されているのか?というと、それは「道がないところに道を作っていく」ということです。

道なき道を行くには、

  • 「今いるところ」(現状)を知り、
  • 「行きたいところ」(目指すべき姿)を決め、
  • そのギャップ(課題)を特定した上でその解決策を見つける

という活動が必要です。ここで金田氏は、「目指すべき姿」をもっと上に持っていくことが教育において必要、と指摘します。より高い目標を設定させて、そこに向かっていく力を育成してほしい、という教育者への要望です。

目指すべき姿がより高度になると、現状とのギャップも大きくなり、その間の課題も大きくかつ多くなります。そこで必要になるのは

  • 創造性
  • 課題設定能力
  • 論理的思考力(ロジカルシンキング)

だと金田氏は述べます。それらはどのようにして育成できるのか?それは

  • 創造性←多くの経験と高い目標から生まれる
  • 課題設定能力←しっかりした現状分析と、目標定義
  • 論理的思考力(ロジカルシンキング)←これを磨くには情報教育は最適と思われる

という指摘でした。興味深いのは、

  • 課題設定能力と論理的思考力はスキルとして磨けば向上する
  • しかし創造性はそうではない、多様な経験が必須なので、外に出ていろんな人と会いいろんな経験をさせることが必要

と主張されていた点で、大変示唆に富みます。また、「論理的思考力を磨くには情報教育が最適ではないか?」との指摘はかなグロブログ記事「プログラミングは論理的思考力と本当に関係しているのか?」でも取り上げたところですが、JAXAの実務者からも同様の指摘がされたことは興味深いです。

情報教育の必要性

JAXAにおける宇宙開発を題材に、情報教育の重要性を主張した基調講演でした。特に印象的だったのは、

  • わたしは文系だからプログラミングは知らなくていい
  • わたしは理系だから数学だけやっていればいい

では立ち行かない、と主張された点。これにも全面的に同意です。

宇宙開発に限らず、いまや人間の活動全般において浸透しているコンピュータ活用。そのような環境で働き生活していくには、コンピュータサイエンスは必須の教養だというのが当研究所の主張です。だからと言って、コンピュータサイエンスや情報教育だけが重要なのではなく、それらを通して「課題を設定し、論理的に分析・コミュニケーションし、創造的に解決してゆく」という力が求められます。これは、欧米で言われる「コンピューテーショナル思考(computational thinking)」そのものです。

コンピューテーショナル思考とは具体的に何なのか、どのようにして育成できるのかは、まだ社会として模索中ですが、全高情研のような実践に基づく取り組みはその基礎となっていくものだと思います。

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(かながわグローバルIT研究所 森岡剛)