
情報技術(IT)の活用の巧拙が企業の生き残りを左右する時代です。それでは、企業はどのようなIT人材を求めているのでしょうか。企業の最高IT責任者(CIO)を対象に行われた米国の調査の結果を基に、IT関連の各職位の必要スキルについて考えてみます。
コンピュータとプログラミングを核とする情報技術(IT)が広く浸透している今の日本社会。様々な新サービスも、IT無しで創られることは無いと断言できます。このような時代、企業の生き残りも、IT活用の巧拙によって左右されるといっても誇張ではないのです。
そんな中、2016年6月に経済産業省が発表した内容はかなり衝撃的です。現時点の日本のIT人材は90万人規模、それでもなお17万人が不足している状態にあるというのです。さらに、2030年には不足は78.9万人に拡大すると予測しています。
詳しくはこちらをご覧ください:
- 「IT人材の最新動向と将来推計に関する調査結果を取りまとめました」、経済産業省、2016年6月10日
- 「IT人材不足が深刻化、2030年には78.9万人不足に 経済産業省調べ」、ITmedia、2016年6月10日
このようなIT人材の不足のトレンドは、最近のプログラミング教育への関心の高まりの要因の一つとなっています。
しかし、企業が求めている「IT人材」というのは、「プログラミングができる人材」や「IT技術者」と言って間違いないのでしょうか?
冒頭で述べたとおり、今やIT活用は企業戦略の根幹を成しています。実際にITを活用して情報システムやサービスを構築し運用する人材ももちろん必要ですが、それはIT部門の実働部隊。変化し続けるビジネス環境を見据えて、求められる将来のITシステムを描き、そこに向かって経営資源(ヒト・モノ・カネ)を投入していく、というIT戦略を担う経営幹部も当然必要になります。
日本ではまだあまりなじみのない、IT戦略担当の経営幹部は英語では「CIO(Chief Information Office、ここでは最高IT責任者と呼ぶ)」。そのCIOたちに、IT部門の人材に求めるスキルをアンケート調査した興味深い結果が公表されています。この記事ではその内容を紹介し、真に求められる「IT人材」を考えてみます。
「IT Trends Study 2015」
今回紹介するのは、米国の情報マネジメント学会(Society for Infomation Management; SIM)が毎年発行している「IT Trend Study」の2015年の結果。これは学会メンバーを対象とするアンケート調査に基づいていて、2014年調査では、IT部門の新人・マネージャー・CIOという3つの職位レベルにおいて必要なスキルを尋ねているのです。
実は、「IT人材に求められるスキル」という観点での調査や研究はたくさんあるのですが、それらは新人や若手などの「実働部隊」の構成員に関するものばかり。企業の中で経験を積み、経営側のポジションに就いていくという長いキャリアにおける必要スキルという観点の調査はありませんでした。今回は、CIOという経営幹部の視点で、3つの職位レベルでの必要スキルを聞いたという点が大変面白いのです。
今回の記事は、以下の文献で紹介されたSIM調査の内容に基づいています。
出典:
- Leon Kappelman, Mary C. Jones, Vess Johnson, Ephraim R. McLean, and Kittipong Boonme. 2016. Skills for success at different stages of an IT professional’s career. Commun. ACM 59, 8 (July 2016), 64-70
調査の概要は以下のとおりです:
- SIMの4612人のメンバーを対象にWeb調査を実施、1002人が回答した(回答率21.4%)。
- 回答者の所属企業717社の売上を合計すると米国のGDPの25%に達する。事業分野は金融、製造、医療、教育、コンサルティング、小売、卸、政府機関、エネルギーなど様々。
- 回答者の所属企業717社の年間IT予算を合計すると2000億ドル
- 回答者のうち、312人が自らの職種を「CIO」と回答したので、この312人の回答データを分析。
米国の様々な大規模法人のCIOが回答した調査、ということがわかりますね。
さて、この調査では37のスキルを列挙して、It部門の新人・IT部門のマネージャー・CIOという3つの職種において必要なスキルを尋ねたものです。以下では、それぞれの職種で上位にランキングしたスキルだけを抜き出して論じますが、原文は英語ですのでわたしによる日本語名との対応関係を以下に示しておきます。
- 技術知識 Technical knowledge
- 問題解決力 Problem solving
- 他者と協力して目的を達成する力 Collboration with others / teamwork
- 事業と業務の知識 Functional area knowledge
- 口頭コミュニケーション Communication (oral)
- 意思決定 Decision making
- 戦略企画 Strategic planning
- 人材と人間関係のマネジメント People management / relationships
- リーダーシップ Providing leadership
CIOがIT部門の新人に期待するスキル

以下の文献のデータを基にかながわグローバルIT研究所作成:
Leon Kappelman, Mary C. Jones, Vess Johnson, Ephraim R. McLean, and Kittipong Boonme. 2016. Skills for success at different stages of an IT professional’s career. Commun. ACM 59, 8 (July 2016), 64-70
新人に対しては、実働部隊の一員として実際のIT活用を担っていくことを期待しているようです。ここで既に、「他者と協力して目的を達成する力」や「口頭コミュニケ―ション」が上位に入っていることが重要。企業の構成員としては、単に技術を知っているだけでなく、チームで目的を遂行していくことが必要、ということです。
しかしながら、やはり「IT人材」としては技術知識が最も重要。そういう意味では、最近の日本社会の、ITスキル育成への高い関心は正しい方向と思えます。
CIO自身が答える、CIOに求められるスキル

以下の文献のデータを基にかながわグローバルIT研究所作成:
Leon Kappelman, Mary C. Jones, Vess Johnson, Ephraim R. McLean, and Kittipong Boonme. 2016. Skills for success at different stages of an IT professional’s career. Commun. ACM 59, 8 (July 2016), 64-70
CIOと新人では、必要スキルが全く違うことに注目です。CIOにまで昇りつめると、必要とされるスキルは「リーダーシップ」や「人材と人間関係のマネジメント」、「戦略企画」など、企業の戦略を立案しそれを先導していくための「経営スキル」となります。
かといって、IT関連のスキルは不要、というわけではないのでしょう。他の経営幹部とCIOが同じスキルセットで良いはずはありません。高度化し続けるITを理解し、その活用による新しい問題解決をイメージするだけの技術力は前提と考えられます。むしろ、その先進的IT活用のビジョンを、企業戦略に落とし込む力こそが他の経営幹部に無いスキルなのではないでしょうか。
CIOが答える、IT部門のマネージャーの必要スキル

以下の文献のデータを基にかながわグローバルIT研究所作成:
Leon Kappelman, Mary C. Jones, Vess Johnson, Ephraim R. McLean, and Kittipong Boonme. 2016. Skills for success at different stages of an IT professional’s career. Commun. ACM 59, 8 (July 2016), 64-70
面白いのは、IT部門のマネージャーに期待するスキルです。上図では、新人・CIO・マネージャーを一つのグラフにまとめています。
マネージャーの必要スキルは新人と重複するところも多く、「技術知識」「問題解決力」などは依然として重要視されています。しかし、さらにCIOは、マネージャーには「意思決定」や「人材マネジメント」なども期待しています。まさに、CIOと実働部隊の橋渡し役として、企業戦略を実行してゆくことを求めているのですね。
まとめ
「IT人材」と言っても、企業においてはIT実働部隊からIT戦略リーダー、そしてその橋渡しをするITマネージャーが必要、ということがSIM IT Trends Studyで見えてきました。これは米国の調査ですが、大きな方向性としてはわたしの肌感覚にも合致しています。
言えることは、プログラミング教育を受けて「技術知識」を身につけたからと言って、それでおしまいにはならないということです。プログラミングやITの知識は、企業においてより大きな仕事をしていく上でのスキルミックスの一つ。「プログラミング教育で子どもを億万長者にしよう」という奇妙な論調の書籍や雑誌記事が増えていますが、それらは事実に立脚しているとは言えない、ということです。
とは言え、「○○に役立つからこれを勉強しよう」という態度はそもそも継続できないもの。何かを学ぶには、「それが楽しいから」や「もっと知りたいから」という関心興味こそが大事です。「企業で役に立つからプログラミングを勉強しよう」も同じで、それで到達できるレベルは限界があります。そういう意味で、プログラミング教育は、「プログラミングの楽しさ」を伝える教育であって欲しいと思っています。
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(かながわグローバルIT研究所 森岡剛)