青い柵に腕をつき、空を見上げている6歳くらいの男の子の後ろ姿の写真

「子どもは未来からの留学生」、という言葉に感銘を受けました。現在でしっかりいろんな体験をしてから、未来に帰って豊かな人生を歩んでもらいたい。そしてわたしにできることは、未来から来た子どもたちに、コンピュータサイエンスの楽しさを体験してもらうことだと思っています。

「子どもは未来からの留学生」。子どもたちにコンピュータサイエンスの楽しさを伝えたいという思いで活動しているわたしは、この言葉に衝撃を受けました。2016年に富山大学で開催された第15回情報科学技術フォーラムでのことです。

具体的には、

でのことです。

教育の在り方については様々な議論がありますが、今は特に次の学習指導要領に向けて文部科学省を中心に様々な動きがある時期です。変わってゆく時代、変わってゆく日本において、将来を担う子どもたちに何を教えるべきか、何を伝えるべきか。

そのように考えているうちに、上の言葉に出会いました。そう、子どもたちは未来からの留学生。現在でしっかりいろんな体験をしてもらってから未来に帰って頂き、そこで豊かな人生を歩んでもらいたい。わたしにはその全てをやってあげることはできないけれども、豊かなコンピュータサイエンス体験を子どもたちに贈ることで貢献したいと、その場で思ったのです。

「未来からの留学生」に何を体験してもらう?

子ども向けのスマホアプリや、YouTubeの動画を子どもに見せることが当然視されている昨今です。小学校からのプログラミング教育への関心も高まっています。

しかし、そんな動きは本当に、未来からの留学生に体験してもらうべき優先事項なのかは疑問に思うのです。

例えばあなたがどこか遠い国へ留学したとしましょう。その国の里親はあなたを歓迎して、こう言います。「よくきてくれたね、この国にもとてもおいしい日本料理があるから、毎日食べよう。」

親切心から来ているこの行動ですが、あなたはきっとこう思うでしょう。「日本料理よりも、この国でしか食べられないものを食べたいのに。。。」

そう、未来の日本では、スマホどころかもっと進歩した情報機器が溢れていて、それこそ現実世界とバーチャル世界の区別もあやふやになっている超サイバー社会になっているはずなのです。そのような未来社会からすれば、今のスマホなどちゃちなおもちゃ。その使い方に成熟したからといって、未来社会では何の優位にもなりません。だって、「マニュアル無しに誰でもすぐに使える」からこそスマホやタブレットがわたしたちの世代に普及したのですから、触れば使えてしまうのは当たり前なのです。

それでは、未来からわざわざ現代に留学に来てくれた子どもたちには、何を体験してもらえばいいのでしょうか?

それは、今でしか体験できないこと。手で触ること、目で見ること、耳で聴くこと、肌で感じること。未来に比べれば稚拙な水準でしかないようなバーチャル世界に時間を割くのではなく、現実の日の光のもとで遊ぶこと。スマホの小さなスクリーンからしか覗けない作り物の世界を見るのではなく、現実感あふれる現実の人間たちとコミュニケーションすること。

これらのことは、未来ではもう体験できないこと。なぜならば、子ども時代は一度しかなく、未来からの留学生たちはそのたった一度の子供時代をわたしたちと過ごすためにやってきてくれているからです。

脳の発達と体験の大切さ

こんなことを言うのは、感傷的なノスタルジアからではありません。皆さんは、人間の脳の発達には3度の「刈り込み」があることをご存知でしょうか?

考えてみましょう。人間が生活する環境は、この数百年で激変しました。それは進化による変化が現実化するにはあまりにも短い時間です。つまり、人間は進化によって変質することなく、激変する生活環境に楽々と対応して繁栄を続けているのです。それは私たちの脳の学習能力のなせること。

そして脳の学習は、神経細胞のネットワークの構造が変化することで起こります。頻繁に使うネットワークは、頻繁に使用される能力に対応しています。なので、使えば使うほどそのネットワークは強固になり、その能力はますます高度になっていきます。

いま流行っている「ディープラーニング」なども、生物の神経細胞のネットワークの可塑性を真似することで生まれた技術の一種です。ディープラーニングによってコンピュータも「経験(つまり過去データ)から学ぶ」ことに成功していることは最近の報道を見ても実感できると思います。

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脳はこのように、「経験に応じて構造を変えていく能力」を持っている素晴らしいものなのですが、その能力には制約があります。それが3度の「刈り込み」です。

ここで言う「刈り込み」とは、神経細胞ネットワークのうち、あまり使われていない結合部分がそぎ落とされる現象を言います。刈り込みが起こるまではネットワークはどんどん複雑になっていくのですが、刈り込みによってそれまでに頻繁に使われた部分が残り、あまり使われなかった部分が消去されてしまうのです。つまり、刈り込みが起こるまでにあまり使われなかった能力は消去され、その後再び身に付けることが極めて困難になることになります。

そしてその「刈り込み」は人生の早い段階で3回起こります。最初の刈り込みは母親の胎内。驚くべきことですが、母親のお腹の中にいる間にも脳内のネットワークは胎児の経験に基づいて増殖し、生まれる前に一度不要な部分を消去してから生まれるのです。

そして2回目の刈り込みは生まれてから約8か月後に起こります。実際に生まれてみてから、この現実世界で必要な能力のあたりをつけ、不要と見られたネットワークを消去することで、重要なネットワークの成長に注力するかのようです。

子ども時代を通じて神経回路のネットワークは増殖を続けていきますが、思春期に入ったタイミングで、3回目の刈り込みが行われるのです。

脳の発達と3度の刈り込みについては、以下を参考にしています:

  • 「コンピュータが連れてきた子どもたち ネットの世界でいま何が起こっているのか」、戸塚滝登、小学館、2005年

「未来からの留学生」に贈りたい留学体験

そう考えると、幼稚園から思春期に至る「子ども時代」というのは、2回目の刈り込みから3回目の刈り込みの間の貴重な期間。その間の過ごし方が、脳の構造に大きな影響を与えてしまうのです。

そんな大事な期間を、わたしたちと一緒に過ごしてくれている、未来からの留学生たち。一度しかないこの貴重な期間には、未来に陳腐化してしまうような体験ではなく、未来においても重要であり続ける体験をしてもらうのが一番です。

それでは何が「未来においても重要であり続ける体験」なのか?

それは、「自分の五感で体験し、自分の頭で考えること」にほかなりません。

身の回りのモノはどんどん変化していきますが、子どもたちはこれからもずっと、自分の身体から離れることはありません。世の中に飛び交う情報の量が増大していっても、子どもたちは自分の脳でしかそれらの情報を処理することはできないのです。

「未来からの留学生」に贈るコンピュータサイエンス体験

プログラミング教育への関心が高まっています。プログラミング教育自体には善や悪はなく、すべてはやりようなのですが、それが自分の身体を使って感じる体験、自分の脳を使って考える体験であって欲しいと願っています。

そしてプログラミングは、「情報を動かし、情報で動く」という素晴らしい情報機械であるコンピュータに関する一つの分野に過ぎません。コンピュータに関しては、抜群に面白く刺激にあふれたコンピュータサイエンスという大きな分野が存在しているのです。

  • チカチカ光るディスプレイとにらめっこする体験ではなく、手で触って五感で感じられるコンピュータサイエンス体験。
  • 未来世界から見たら稚拙なバーチャル世界の経験ではなく、身の回りの人たちとコミュニケーションを取りながら自分の脳を使って考えるというコンピュータサイエンス体験。

かながわグローバルIT研究所は、そのような体験を与えていくことで、未来からの留学生たちの留学体験が豊かなものであるようにしていきたいと思います。

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(かながわグローバルIT研究所 森岡剛)