「絵本で楽しむ科学・技術・工学・数学(STEM)」シリーズ、第7弾は「グーテンベルクのふしぎな機械」。グーテンベルクは、歴史の教科書にも載っているあのヨハネス・グーテンベルク。「ふしぎな機械」というのは、もちろん印刷機です。1450年ごろのドイツのマインツで、金属活字を使った印刷機で紙に印刷する方法を確立して、世界の歴史に革命的なインパクトを与えました。

この絵本はSTEMのうちの「技術(T)」と「工学(E)」の要素を持っています。あざやかな絵で、15世紀のドイツでの市民や職人たちの生活を描いた歴史絵本でもあります。

書籍情報:

Amazon.co.jpから配信されている表紙画像です。クリックすると本の紹介ページにとびます。

ジェイムズ・ランフォード=作
千葉茂樹=訳

出版社(あすなろ書房)のページはこちら:http://asunaro.bookmall.co.jp/search/info.php?isbn=9784751526996
Amazon.co.jpのページはこちら:グーテンベルクのふしぎな機械

絵本の紹介

上の表紙画像を見てもらえるとわかるように、とてもあざやかな色づかいとメルヘン童話のような優しい雰囲気、それでいて光と陰のつけかたが写実的でもあるという、印象的な絵で構成されたこの絵本。題材は、15世紀のドイツで活字を使った印刷と製本で「本」を欧州社会に広めたヨハネス・グーテンベルクです。

といっても、読者の視点は現代にあり、タイムマシンに乗って当時のマインツを訪れて、グーテンベルクの印刷・製本業の仕事を横から眺めているような感じです。

この絵本の前半は、印刷に必要なものの準備から。ぼろきれと骨から紙を、ヤギの毛皮から革を、アフリカの川でとれた金から金箔を、亜麻の種からインクを、どろどろの熱い金属から活字を、そしてオークの木の木材から印刷機を作ります。その一つ一つを、見開きで見せてくれるのですが、当時の職人の服装や建物、自然の風景の描写が見事です。

そしてヨハネス・グーテンベルクの登場。インクと活字を作り、印刷機を設計し、紙を買い込んで、本づくりを始めます。

ところで、教科書などで知られるグーテンベルクは、今の日本の感覚からすると奇妙に見えるヒゲをたくわえた姿で描かれています。これはグーテンベルクの死後だいぶたってから描かれた絵がもとになっているらしく、ヒゲも絵が描かれた当時の流行だったそうです。この絵本では、グーテンベルクが生きた15世紀の職人がそうであったように、きれいにひげを剃って頭巾をかぶっています。自身に満ちた表情で描かれた彼の絵からは、現代の起業家を連想しました。たしかに、革命的な新技術で「印刷物」を広めた彼は、起業家といってなにも誤りはないですね。(事業的にはいろいろ失敗があったようですが、それは後述します。)

さて絵本の後半は、印刷作業。金属の活字を並べてページを作り、印刷機にセット。紙は水にひたし、活字にはインクをつける。印刷機の巨大なネジのハンドルをぎりぎり回して活字を押し付けると、紙に文字が印刷されます。

紙の裏表の両面に印刷し、ほかの職人たちが飾り文字を書き込んだり色を付けたり。革のカバーで製本すると、「本」のできあがりです!

15世紀当時の印刷と製本のやり方がよくわかる美しい本で、本が好きな人や歴史絵本が好きな人に特におすすめです。教科書に載っている人物を身近に感じることで、歴史に興味をもちやすくなるということもあるのではないかと思います。

印刷と製本とグーテンベルク

ところで、グーテンベルクは結局何を発明したのでしょうか。紙は西暦105年ごろに中国で発明されたといわれ、活字を使った印刷も、中国の宋の時代だった11世紀にはあったようです。

が、活字による印刷は中国では普及しませんでした。中国語では何万字もの活字を用意しなければならないこともハードルになってしまいます。陶器の活字ではインクのつきも悪かったようです。しかし朝鮮では金属活字技術が進歩し、14世紀末ごろからはあらゆる種類の書物が印刷されるようになったとのことです。(このあたりは「機械の発明発見物語」を参考にしました。)

中国で発明された紙がアラビアに到達したのは8世紀ごろ、欧州で最初の製紙工場ができたのは1150年ごとのスペインでした。そしてグーテンベルクが登場するころには、紙はすでに欧州に広まっていました。

グーテンベルクは、鉛の活字の鋳造、鉛の活字につきやすいインク、そしてぶどう酒づくりに使われていた圧搾機に着想を得た印刷機を完成させ、それらを組みあわせた活字印刷技術を発明しました。この新技術のおかげて本が圧倒的に安くなり、知識が人から人へと流通する速度を各段に速めたのです。そして社会は大きく変わっていったのでした。

ところで、世界に現存する最古の印刷物は、なんと日本の「百万塔陀羅尼」で、これは764年に称徳天皇が印刷させたものだそうです。わたしたちの周囲にある印刷物も、長い歴史があるのですね。

さて「技術者」としてのグーテンベルクは大成功したと言えますが、「起業家」としての彼は残念ながら事業的な成功を収めることはできませんでした。印刷術の開発には多額のお金が必要で、グーテンベルクは借金でそれを賄っていたのですが、お金に関する訴訟の末、印刷業が成功を収める前にグーテンベルクは印刷機、活字、仕掛中の印刷物など全てを失ってしまうのです。

科学(S)・技術(T)・工学(E)・数学(M)によって新しいものを生み出すことと、それを事業として成功させ、社会に普及させるというのは別のスキルが必要なのだと、グーテンベルクの物語は教えてくれるようですね。

参考にした書籍:

(かながわグローバルIT研究所 森岡剛)