「絵本で楽しむ科学・技術・工学・数学(STEM)」シリーズ、第2弾は18世紀の英国の時計職人ジョン・ハリソンの物語。STEMのうちの「科学(S)」と「技術(T)」と「工学(E)」の要素を持った、素晴らしい絵本です。

40年かけて作った5個の時計が世界を変える

今回紹介するのは、1693年の英国で生まれたジョン・ハリソンの物語です。

既にヨーロッパ人がアジア・アフリカ・アメリカ大陸と海路で行き来していた時代。危険の伴う大航海では、自分の位置を知ることの大切さは想像がつきます。が、GPSもないこの時代に、船乗りたちはどのようにして、海上で自分の位置を知ることができたのでしょうか?

驚くべきことですが、ジョン・ハリソンが海時計作りに成功するまでは、「自分の位置を知ることはできなかった」が正解なのです!

時計を作るとなぜ船乗りの航海に役に立つのか?今回紹介する絵本ではそのあたりのこともとてもわかりやすく説明しています。でもただドライな科学絵本ではまったくなく、ジョン・ハリソンとその息子の何十年にも及ぶ努力を描いた、人間のドラマなのです。

書籍情報:

Amazon.co.jpから配信されている表紙画像です。クリックすると本の紹介ページにとびます。

ルイーズ・ボーデン=文
エリック・ブレグバッド=絵
片岡 しのぶ=訳
出版社(あすなろ書房)のページはこちら:http://asunaro.bookmall.co.jp/search/info.php?isbn=9784751522745
Amazon.co.jpのページはこちら:海時計職人ジョン・ハリソン―船旅を変えたひとりの男の物語

絵本の紹介

大工の家に生まれたジョン・ハリソンはちょっと変わった子でした。大工としてもすぐれたスキルを持っていたのですが、時計作りに強い興味を持っていました。初めて時計を作ったのは20才の時でしたが、自分で考えたオリジナルな仕組みで、とても正確なものだったそうです。

さて、世界最大の海運国であった英国ですが、航海中に船の位置を特定する手段を見つけることは大問題でした。そして、その解決には「正確な海時計」が必要だったのです。

なぜ正確な海時計が必要なのかは、この絵本にとてもわかりやすく書いてありますので必読です。船の位置を特定するには、現在地の緯度と経度を知る必要があります。そのうち緯度は星の位置を観測することで算出できますが、経度はそれでは不十分。経度の測定には、「母港の時刻」と「今いる位置の時刻」の算出が必要なのですが、後者は太陽や星の観測から算出できます。そこで唯一足りないのは、「母港の時刻」を示す正確な時計だったのです。

しかし揺れ動く海の上で何か月もの航海を続ける中でも狂わない正確な時計を作れる技術は、当時の人類は持っていません。そこでついに英国議会は1714年、2万ポンドという破格の懸賞金をかけたのでした。

ジョン・ハリソンは、経度評議委員会が求める海時計作りに乗り出します。賞金を獲得するためには、「西インド諸島まで約60日間の船旅でも誤差が2分以内」という精度を実現しなければならないのです!

そして物語はジョン・ハリソンが賞金の全額を獲得するまでの道のりを描きます。その間にジョン・ハリソンが作った時計は5個。

  • 最初にできた時計「H-1」
  • 1739年に完成した第2の時計「H-2」
  • 1757年の「H-3」
  • ついに2度のテスト航海で経度評議委員会が求める性能を発揮した「H-4」
  • そして経度評議委員会の無理難題に対応するために作られた「H-5」

「H-4」の完成とテスト航海での結果で、賞金獲得の要件は満たしていたはずでした。しかし懸賞をかけてから既に長い時が経っていて、委員の顔ぶれも代替わりしてしまっています。本末転倒なのですが、「そんな正確な時計ができるはずがない」という考えに凝り固まっていたのでした。ジョン・ハリソンが賞金の全額を獲得するには、息子のウイリアムが国王ジョージ3世に直訴して、その助力を得なければならなかったのでした。そして彼が賞金全額を獲得したのは1773年、懸賞金がかけられてから約60年が過ぎていたのです。

長い年月をかけて、当時の想像を絶する精度を持った時計を作り上げたジョン・ハリソン。時計作りの費用の捻出のため、生涯のほぼすべてが貧乏生活でした。支持してくれる人が世を去っていき、経度評議委員会の無理解に苦しめられながらも、自分の目指す時計作りを貫く姿が感動的です。

その後の航海のあり方を変え、世界の歴史を変えてしまうほどの「ものづくり」を行ったジョン・ハリソン。晩年も機械づくりの作業場で時を過ごすことが多かったとのことです。

ここまでの逆境はできれば体験したくないものですが、「好きなものがある人生は、豊かな人生」ということを心から感じられる絵本です。

関連情報:

(かながわグローバルIT研究所 森岡剛)