教育分野でのテクノロジー活用の例として、よく大規模公開オンライン講座(MOOC)が挙げられることがあります。

教育分野でのテクノロジー活用が論じられることがよくあります。デジタル教科書やタブレット導入、そしてプログラミング教育必修化など。どれもバラ色の夢のようなお話ばかりなのですが、本当にそれらの効用は現実化できるものなのでしょうか。

今回はその例として「大規模公開オンライン講座(MOOC; Massive Open Online Courses)に関する売り文句を検証してみたいと思います。

「MOOCは教育格差を解消する」?

MOOCとは一言でいうと「オンライン動画視聴型授業」と言えるでしょう。なぜ「大規模」かというと、教室に入りきらないような大人数の受講者に対して講義することができるからです。米国などでは有名大学もMOOCを提供したりなどしていて、日本人有識者もそれが「一流大学の証」などと位置づける場合もあるようです。

参考情報:

こちら、著者はマサチューセッツ工科大教授兼東京大特任教授とのことです。

さらに最近は、日本の情報処理学会もその旗艦誌「情報処理」にて「エドテック」の特集を組みました。「エドテック」というのは教育分野でのIT活用の動きの総称です。その特集記事ではこんな文言が踊ります:

「公教育におけるエドテックイノベーションとしては、MOOC(Massive Open Online Courses)による学習機会の乏しい地域への格差解消に活用されている」(原文ママ)

(「「エドテック」がもたらす教育イノベーションとは?-見えてきたエドテックの本質ー」、佐藤昌宏、情報処理 Vol.58 No. 3、2017年3月号

こちらの著者の佐藤氏は、デジタルハリウッド大学大学院にて研究室を主宰されているとのことです。上記の引用箇所は次のように続きます:

「ハーバード大とマサチューセッツ工科大学(MIT)が提供するedx(エディックス)を活用してMITに特待生として入学した、15歳のモンゴル人学生の例」

が「学習機会の乏しい地域への格差解消に活用されている」例とのことです。同じ論理でいくならば、「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に合格した話」なども、教育格差解消の事例ということになりますね。1つの事例からいきなり話を一般化すると、話の妥当性が大きく損なわれるという良い例です。

もう一つ、同じ特集からの別の記事から引用します:

「(オープンエデュケーションの意義は3つあり、)1つは教育格差の是正であり、教育へのアクセスを改善し教育機会の均等化を図ることである。MOOCによる一般向けのオンライン講座がその好例である。」

(「オープンエデュケーションとエドテック」、重田勝介、情報処理 Vol. 58 No. 3、2017年3月号)

こちらの著者の重田氏は、北海道大学情報基盤センターの準教授です。

 

MOOCのよる教育格差の拡大

上掲したような記事が気になるのは、MOOCの期待効果について言及するばかりで、実際のデータに基づく議論が無いことです。そしてMOOCは期待されたほど教育格差是正の効果は無く、むしろ教育格差を拡大する効果があるという研究結果はすでにあります。

これは米国ペンシルバニア大学による研究。MOOC事業者であるCourseraを利用した3万人以上の人を対象とする調査です。1件以上のビデオ講義を視聴した人へのアンケート調査を行ったのですが、調査結果はなかなかショッキングです。

  • 回答者の80%以上は2年制または4年制大学の学位を持っている。
  • 回答者の44%は修士以上の学位を持っている。

つまり、もともと教育程度の高い人たちの「学びなおし」に活用されていることがわかります。「強者をさらに強くし、弱者はそのまま」というIT活用の法則(「増幅の法則」と言います)とも整合していますが、背筋が寒くなるような結果ですね。

「増幅の法則」については以下の記事で少し触れています:

なお、これは米国人受講者だけにとどまらず、教育格差がより深刻な状況にあることがおおい新興国でも同様です。

  • ブラジル、中国、ロシア、南アフリカなどMOOC人気の高い国では、MOOC受講者の約80%は富裕度と教育程度の最上位6%の層に属している。
  • 他の途上国においても、MOOC受講生の約80%は既に学士以上の学位を持っている。

途上国の大卒者はかなりのエリート。そしてMOOC受講者はエリート層に属する人が大半、ということです。「教育格差の是正」などということがどこにあるのでしょうか?

出典:

 

MOOCでの講座修了率は7%未満

そもそも、MOOCでちゃんと講座をどれほどの人が修了しているのでしょうか。なんと、7%以下です。つまり、例えば1万人が受講開始したとすると、修了するのは700人以下しかいません。9300人以上は途中で止めてしまうのです。

出典:

 

教育は、データと事実を基に議論すべき

上で挙げたデータは2013年に公表されたものばかりです。今は状況が違うと主張するにしても、これらのデータを無視する姿勢は学術的に大きな問題があります。不都合なデータを隠し、期待効果ばかりを強調していると受け取られても仕方がないでしょう。世界最大の電気電子工学の学会であるIEEEの旗艦誌でも、上のデータを上げてMOOCフィーバーを批判する論考が出ています。

参考情報:

MOOC推進の有識者には、まず上のデータに対する批評をしたうえで、MOOCの今後について議論すべきと考えます。

(かながわグローバルIT研究所 森岡剛)